20240505 阿部公房『人間そっくり』感想

阿部公房の小説を読んだ。高校生の頃に教科書に載っていた『赤い繭』を読んだとき、そのハイコンテクストで一見荒唐無稽にさえ思える話の展開に感銘を受け、良い作家だなと思ったが、それ以来安部公房の小説を読んでいなかった。

今回読んで、やっぱり安部公房の作品は自分の趣味に合っていて面白いと感じた。

 

主人公はアパートの一室に住んでいる冴えないラジオ作家。自分の持つ番組である「こんにちは火星人」は、探査機が火星に着陸するニュースを皮切りに現実と空想の区別がつかない視聴者によって批判を受け、打ち切り間近だった。そんなある日、自らを「火星人」と名乗る人物が現れる。はじめは気のふれた人間だと相手にしなかったラジオ作家だが、その世迷い言には妙に説得力があった。アパートの一室で繰り広げられる押し問答に引き込まれる作品。

 

この作品の良かった点は、最後の最後までアパートに訪れた男がただの空想病なのか、それとも本当に火星人なのかわからない点だ。

火星人は自分が火星人であることを主張するが、火星人の体内組成は地球人と全く同じで、火星土産は地球にある物体と似ており(例えば、火星の著名人の美術品は地球のプラモデルにそっくり)、火星の資源は地球から転送されたものを使っているため一見して違いはない。地球のほうが火星より重力が大きいので、地球は火星人には負荷が高いらしいが、あくまで主観的な感覚なので傍から見てわかるものではない。まさに「人間そっくり」なのだ。

最終的に彼は本当に火星人であり、更に自分自身も彼らの同胞、火星人であることを告げられ、主人公は火星へと連れ去られてしまう。しかし、次に主人公が起きるのは精神病棟であった。主治医にあなたは何者か、地球人であるかという問いかけに、主人公はついぞ答えることはできなかった。

 

この作品を読んで、この世界がいかに主観的であるかということが迫力を持って感じられた。

統合失調症では幻聴や幻視が症状として挙げられるが、当人にとってはそれは紛れもない事実であるのだ。そもそも、我々が見ている世界が間違っていて、統合失調症の人の見ている世界が正しい可能性だって全くないわけではないのだ。

自分の見ている主観的な世界は「確率的に最も高く、おそらく正しいであろう」という科学に立脚している。しかし、それが全くの見当違いであり、脳に間違っていることを正しいと感じさせるための電極が埋め込まれていたり、この世界が別の誰かが見ている夢の話である可能性だってあるわけだ(それでも、そういった可能性が今見ている世界から考えて非常に低く、科学がこの世界の道理を説明するのに一番もっともらしいため、自分は科学を信じているのだが)。

 

前、この小説を読んで、美術館に草間彌生の展示を見に行ったのを思い出した。

草間彌生は小さな丸を連ねてかぼちゃなどの形にする作品が特徴的だが、彼女は障害を持っていて、彼女から見た世界をそのまま作品にしているらしい。最初、そういう作風を意図的に作っていると誤解していた自分と、本物の火星人のことを演じているだけだと考えていた主人公が重なった。

創作者は病みやすい人間が多いと勝手に思っているが、多くの人が見ている世界と創作者の見ている世界にズレがあるのならば、そのズレに悩むのも必然的なのかなと思った。自分はそのズレのある視点を垣間見ることが好きなので、悩みながらも作品を公表してほしい。

 

この小説を読んで、「一般的に正しいとされている視点」と「主観的に見えている視点」にズレがあるというのは、今回作っているゲームのコンセプトとして使えそうだと思った。どんどんそういうのを取り入れていきたい。