20240224 佐藤青南『一億円の犬』感想

家族旅行の旅館内で最後まで読んだ。
ミステリーを期待して読んだが、ミステリー中心というより、正確に難があり生きずらい人の生き様を滔々と連ねたドキュメンタリーという印象を持った。
 
主人公の梨沙はこれまで自分を虚飾で塗り固め、傷つかないような生き方をしてきた。友人も恋人も、一度はそのステータスに惹かれて寄ってくるが、中身がない人間だと悟るとすぐに離れていった。
そんな彼女が理想の自分を演じていたSNSの漫画がバズって、出版社の男に本の出版を持ちかけられる。金持ちになって人生を変えられる千載一遇のチャンスだと思った彼女は、嘘に嘘を重ねてSNSでの煌びやかな生活を本当のものにしようとする。
SNSで飼っている設定の犬が手に入って、ようやく彼女は噓つきの自分とも別れられると思った。しかし、出版社の男も詐欺師であり、手元に残ったのは一匹の犬だけ。泣き崩れる彼女だったが、そこで彼女は初めて犬に嘘でない自分の気持ちを受け入れられる。
富も名声も手に入らなかったが、少し自分を受け入れられるようになった、という話。
 
この小説を読み進めながら、自分はこの主人公が重い罰を受けることを恐れていた。もちろんこの主人公は自分のことを本当に心配してくれる人を疑い、社会的地位の低い人間を心から見下す碌でもないやつだ。これが勧善懲悪の話だったら相応の報いを受けている。
ただ、どうしようもない人間でも一筋の希望が絶たれてしまう瞬間はいたたまれない。根は腐っているが、だからといってそういった人間が光を浴びず野垂れ死ぬべきだとは思わない。
 
今回の殺人で使われた凶器であるナイフは、「罰」の暗喩だと感じた。
今回唯一起きた殺人事件の犯人は、ごみの分別を周知したり犬のフンをそのままにしておくのを憤慨したりと、町の自治を進んで行う、この作品では珍しい道徳的に正しい人間だった。妻が霊感ビジネスに騙されて多額の金をむしり取られ、その報いとして詐欺師を殺した。いわば、嘘つきに対する制裁としての殺人だった。
主人公はその死体を見てしまい、さらに日頃の不道徳な行いが積み重なって犯人に刃を向けられることとなる。最後の方で改心をしかけていたものの、正直殺されても妥当だなと思った。
ただ、主人公はこれまで嘘をつくために使っていた血糊を使ってその場をやり過ごし、生き残った。
主人公がこれまでの全ての罪を清算することは本人の性格を考えてもしないだろう。しかし、罪を犯した人間でもそこで全てが終わるのではなく、前を向いて歩いていってもいいんだというある種の楽観がオチとしてよかった。
最終的にSNSは炎上したのも、彼女が受ける罰としては良い落としどころだったと思う。
 
昔観た映画『劇場版ポケットモンスター 水の都の守り神 ラティオスラティアス』で、悪役だったロケット団の2人がエンディングムービー内で、刑務所の中で次に盗む宝石を見ながら楽しそうにしていた。そのシーンを今でも覚えているのは、この小説の主人公のように、悪役でも前向きに笑えるその姿をなんかいいなと思っていたからなのかもしれない。
やってることは全然許されないけど。